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べっ甲と長崎

長崎のべっ甲技術

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 べっ甲製品は長崎を代表とする伝統工芸品です。その歴史は古く、江戸時代から長崎のべっ甲彫刻細工師が活躍していました。

 そして何代もの間その伝統技法を受け継ぎながら今日に至っています。
 長崎べっ甲はおよそ430年前江戸時代から作り始められ、その美しさから江戸幕府へも献上され、大いに普及しました。
 
 江戸の鎖国時代、唯一の窓口であった長崎出島にもオランダ船が寄港し、大量のべっ甲が輸入された記録があります。
 そして長崎からべっ甲細工が盛んに行われ、べっ甲職人やべっ甲店が多く存在するようになりました。

 べっ甲細工の技術は中国から入ってきたといわれています。長崎では、この技術を発展させ、髪飾りやブローチ、帯留めなど、その時代にあったものを作り続けてきました。
 その技術は国内はもとより、広く海外でも高い評価を得ています。

長崎県伝統工芸品 長崎べっ甲

長崎の伝統工芸師「喜山」が作るべっ甲彫刻細工

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 中国から伝えられてきたべっ甲彫刻細工は、長い年月をかけて長崎の職人たちが作り上げてきました。

 長崎のべっ甲彫刻細工師「喜山」はべっ甲細工を始めて五十有余年、豊富な経験とその技術で数々の作品を生み出してきました。

 べっ甲細工には、異国の文化が多く持ち込まれた長崎という土地と歴史が育んできた伝統が息づいているのです。

やがて江戸べっ甲へ

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 長崎べっ甲は、江戸時代になると装飾品にもてはやされていることから珍重され、密貿易も盛んに行われていたようです。

江戸幕府将軍家へも「べっ甲の灯籠」がオランダ人の手によって献上されています。また長崎奉行も将軍家に献上した記録が残っています。

享保年間(1717年〜)になると、すでにべっ甲は女性の髪飾りであるかんざしなどとして大いに流行し、人気となりました。また、その値はとても高価になりました。
 大都市であった江戸でもかんざしの修理が増え、長崎べっ甲の技術が伝えられ、その流れから長崎からもべっ甲職人が移り住み、江戸べっ甲が生まれたのです。

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